転職アドバイザーの佐藤クリスです。
2017年3月、ひとりの新卒新入社員が過労自殺しました。
新国立競技場の建設工事に下請けとして従事していた監督(23)です。
ご存知のとおり、新国立競技場は2020年東京オリンピック・パラリンピックでメイン会場となる予定です。
競技場のデザインがなかなか決まらず、予定より1年ほど遅れて着工したため工期が短縮され、過密なスケジュールをこなしていたとされています。
オリンピックの意義とは?
なぜ、こんなに若く、前途ある若者が犠牲にならないといけないのか。
オリンピックとは、誰かの犠牲の上に成り立つものなのか。
そんなイベントに、一体何の意味があるのか。
オリンピックの意義とは何なのでしょうか。
スポーツを通じた青少年教育の奨励?
スポーツにおけるフェアプレー精神?
スポーツを文化や教育と融合させる試み?
そのために、一人の若者の尊い命が奪われてしまったのです。
もちろん、オリンピック自体はそれなりに意義のあるものなのでしょう。
だからといって、準備段階において誰かが犠牲になっていいというものではありません。
それは、国の責任であり、施工会社の責任であり、働き方の意識の問題でもあるかもしれません。
そう思いつつも、私はこうも感じてしまいます。
なぜ、自分の命をもっとも大切なものだと考えなかったのか、と。
仕事の責任より大切なもの
悪いのは、決して彼ではありません。
新卒1年目の経験の浅い社員に重役を課した下請け会社、そして工期優先のプレッシャーを与え続けた施工会社が悪いに決まっています。
しかし、彼にも逃げる道があったはずなんです。
すべてを放ってしまい、会社を辞めれば良かったのです。
それができず、職務に対する責任感に押しつぶされてしまい、逃げるよりも自らの命を断ってしまったのでしょう。
でもそれは、人として生きる責任から逃れている、ともいえると思います。
どちらの責任が大切なのか、答えは自明です。
激務に疲れ果て心が病んでしまい、正常な判断がつかなかったのかもしれません。
そうなる前に、生きるための判断と行動に移せば、結果は違っていたと思います。
この建設会社の男性が亡くなる1月ほど前、女優の清水富美加が突然引退宣言をし、宗教団体に出家する騒動がありました。
映画のプロモーションやテレビの仕事に穴を開ける事態となり、多くの芸能関係者からバッシングを受けつつ、所属事務所の契約終了とともにメディアから消えていきました。
多数のバラエティやドラマ、映画に出演し、そして情報番組のMCの座もつかんだというのにもったいないなと思いましたが、彼女にとって「出家」という決断は、人として生きるために必須だったのかもしれません。
水着の仕事が嫌で嫌で仕方なかったとか、そういうコメントを残していたように記憶しています。芸能の仕事が自分の資質に会わないことに悩んでいたのでしょう。
あの時点で所属事務所を辞めていなかったら、ひょっとすると彼女はもっと残念な決断をしていた可能性も考えられます。
出家することが良いことなのか、悪いことなのか、私には判断がつきません。
ただ、彼女が潰れてしまう前に別の方向に進めたことは、とりあえず良かったと思います。
逃げる勇気
さて、あなたの仕事は楽しいですか?
職場環境は快適ですか?
100点満点ではないかもしれませんが、それなりに仕事が楽しく、それほど嫌な職場でもなく、明確な転職する理由がないのであれば、その仕事を続けていけばいいと思います。
しかし、「会社は死ぬほど嫌だけど、自分が辞めたら他の社員に迷惑がかかるから辞められない」と少しでも思っているとしたら、要注意。
嫌なことをしていたり、嫌な環境に身を置いていると、あなた自身が蝕まれていきます。心が病んでしまうかもしれません。
そんな環境からは、逃げるに限ります。
あなたが途中で辞めたら、確かに現場は多少混乱するでしょう。
しかし、大丈夫です。何とかなるもんです。
何とかならなかったら、それまでです。
あなたが取り返しのつかない選択をする以上に、悲劇的な状況になることはありません。
まず、自分を守ること。
嫌で嫌でたまらない職場にいる人は、今すぐ会社を辞めましょう。
結局、自分の身は自分で守るしかありません。
そのために必要なのは、勇気です。
それができない、という人もいます。
「死ぬくらいなら辞めれば」ができない理由(ワケ)というマンガがあります。
ブラック企業に努めていると、その会社の常識に支配されてしまい、心が病み、正常な判断がつかなくなってしまうという内容です。
そういうことってあるんだ、と知っていれば、もし自分が同じ境遇にいた場合に思い出すことができるかもしれません。
他に会社はいくらだってあります。
転職アドバイザーも、たくさんいます。
話を聞いてみるだけでも、視野が広がると思いますよ。